たまには、1年にもガス抜きをさせねばならない。

ある土曜日の夕方、ヒョロマツとカナヅチをつれて、ヨタノは駅近くの喫茶店
”黒珈琲”に入った。

「いらっしゃい」

姉御肌のママが、愛嬌のある声をあげた。

「ヨタノさん、この子たち新入部員?あんまり殴っちゃだめよ」
といいながら水を運んできた。

「あの先輩、自分らこういう店は始めてで、なんだかあがります」
カナヅチが緊張しながら囁いた。

『バカモノ!こういう店はな、リラックスしにくるものなんだ。固くなって
 どうする。俺はモカにするが、おまえらも好きなもの頼め。もちろん俺の
 おごりだ』

「ぼくはコーヒーを飲むと頭がガンガンするんで、レモンスカッシュで」
 ヒョロマツがいうとカナヅチも同じでいいということだった。

2人に説教を垂れていると、視線を感じた。斜め奥のテーブルに腰かけて
いる女が俺を見つめている。同じ学校の制服だ。大柄であまり洗練されて
いない感じがした。そしてママになにかを手渡し店を出た。

「ヨタノさん、さっき向こうのテーブルに座っていた女の人があなたに
 これを渡してっていってね。ラブレター?」
 ママさんから手紙をわたされた。

「先輩、ラブレターもらったんすか」
 ヒョロマツが素っ頓狂な声をあげたので、強烈なゲンコツをかます。

『キサマら、これをばらしたら寝技で絞め殺す』


あなたが、週末になるとこの店を訪れるという噂をお聞きしました。

私は2年○組のサクライキョウコと申します。

突然、このようなお手紙を差し上げ大変失礼かとは思いましたが・・・


なんて古風なんだと少し感動しかかったが、なんというか硬派ヨタノを落
とすほどの”花”がない。

つまり、好みじゃないし、柔道の方に熱中していた時期だ(本当はかなり
メンクイ?)

勝手にコクられるのも迷惑な話だったし、未来を決定?するにはあまりにも
早過ぎる気がした(大袈裟だけど)

もっと違う、未来に約束された運命的な出会いがあるような予感がしていた。

つうか、ヨタノのこんなヨタ話なんか読んでいる方もつまらないと思う。

ママには、俺はまだ修行中の分際なので、悪いがヨタノにかまわないように
サクライへ伝えてくれとお願いした。

「あら、意外と冷たいのね」
ママは笑っていた。

『俺は硬派ヨタノなもんで』

多分、ママは、サクライが傷つかないような柔らかい婉曲ないいまわし
で、ヨタノの意思を如才なく伝えてくれたと思う。

翌週、ズンドウとキツネをつれて黒珈琲に入るとサクライの姿はなかった。

なんだか、とてつもなく悪いことをしてしまったようでヨタノは胸が痛んだ。

数年後、風の噂では、サクライは早くに結婚し、数人の子宝に恵まれたそう
な。

そして、その後のサクライの消息は杳としてしれない。

もしかしたら、もう初孫がいるような気もする。

レモンスカッシュ・・・

略してレスカ!

ヨタノの世代では、さっぱりと別れようというラストオーダーを意味していた。