北のサムライ雑感

”キタノ劇場”北野一機のごく私的な日々のつぶやき、過去の旅の記憶など。文章・画像等の転載は厳に禁じる

野菜炒め

kanamaru


今日は家人が贔屓の韓流スター(本人の舞台挨拶あり)の映画の試写会を
観に(抽選で当たったそうだ)東京方面へいくそうだ。

「夕食は、済ませて来てね」

ということでしたので、通勤帰りに某食堂で夕食を食べてから帰宅する。

オーダーしたのは、”野菜炒め定食”だが凄いボリュームだし美味しかった。

ただ近ごろ、量を食べれないもんで後半はしんどくなったけど完食する。

若い頃のようなパワーが、つとに減退していると感じるのは少食になったから
だと思う。

意識して増量していきたい。

間もなく厳冬期の安達太良登山で、2月に二度ほど頂上を踏破しないといけ
ない。

冬山はずっと避けてきたのだが、諸事情により、やらないといけない状況に
あるわけだ。

筆者は朝のランニングの途中や通勤の車中から、朝な夕なに安達太良山を
見上げている。

冬季は大荒れで、晴れあがっている日の方が珍しいぐらいだ。

それでもスノーシューで登らないといけない。

勤務終了後、マイスノーシューで職場のまわりの残雪地帯を延々と歩きまわる
北のサムライの姿ありき。

登頂断念

DSCF1509


今日は休日出勤だったんだが、昨日は購入したばかりのスノーシューで
安達太良山を登った。

といってもあまりの悪天候のため、仙女平付近でホワイトアウトする。

人の気配はないし、ルートは雪というか豪雪で消えているし、怖くなった。

さらに積雪量の多いルートを歩く大変さは筆舌にし難い。

というわけで、頂上までのスノートレッキングは中止し、引き返しました。

ところが・・・

これも新調したばかりの山スキー用のストックの先っぽのリング(雪輪)が
いつの間にか外れてしまい紛失。

リングだけなら買い直しても千円ぐらいなので、あきらめればよい。

でもなぜかかなり下山した地点から仙女平付近までリング捜索で引き返し
てしまい、えらい疲労困憊しました。

結果はかなり上の地点で、雪に埋もれたリングを奇跡的に発見回収しま
した。

というより、低気圧が来て最悪のコンディションなのになんで山に入ってい
るのと家人から叱られる。

来週は、グループで山頂を目指す予定があったりもする。

こうなっては仕方がないので、ウエア上下も本格的冬山用(ゴア)を着用し
ています。

モンベルなんですけど、それなりの投資額(数万円単位)になった(TT)

今まで安物でごまかそうとしてきたけど役に立たなかったりして逆に損ばか
りしてきた。

やはり値が張ってもよいものを長く使ったほうがよい。命には代えられんし。

画像は、あだたらスキー場の駐車場にて。

帰福

n105


ゆっくりと目覚めた。流石に腹が重く朝食バイキングはパスすることにして
コーヒーを飲んだりしながらまったりと時を過ごした。

ここから眺める冬の札幌市内の景色はいつ見ても迫力があるし美しい。

本日の予定は、苫小牧まで出て、太平洋フェリーに乗船し、仙台へ向かう
のみ。

なにか北の大地でやり残していることはなかろうか?

う〜ん、暫し瞑想した。

そうそう、本場札幌のスープカリーが食べたい。

な〜んだ、やっぱり喰い物ことしか思い浮かばなかったではないか。

筆者の旅は、若い頃から色気より喰気ばっかしで、なんも変わり映えもせん
のう。

10時近くなったので、ホテルをチェックアウトする。まあ、とりあえず地下鉄で
札幌駅に戻り、ブランチする店をリサーチしよう。

駅構内をふらつき、なんとなく西口周辺を歩いていると
”スープカリー firifiri2号”というお店を発見する。

ここにしよう。そろそろ空腹になっていた。時間も昼近くなっている。

店に入ると結構混み合っていたが、カウンター席にすんなり通された。

n106


オーダーしたのは、ランチチキンだ。辛さは1番から5番のうちの4番にする。

4番は、ヒリッヒリの辛さとメニューに書いてあったけど、まさしくその通りで
咳き込むぐらい辛かった。ゲホゲホでした。

それでもパンチ満点で、コクがあり絶妙の美味しさに満足する。

この店は女性ひとりでも気軽に入店できる雰囲気なので、両脇はレデイで
した。

驚いたことにレディたちは、追加料金の6番をオーダーし、平然と食べて
おられた。

札幌ガールズは辛党なんだね。素晴らしい。

うちの女房とかcoco壱に連れていくと、わざわざ甘口をオーダーしてるん
ですよ。筆者は辛くないカレーはカレーじゃないと思うタイプなんだけど、
それでもこの店の4番が限界かな。

結論、札幌の専門店で食べるスープカリーは、やっぱり美味しかった。

その後、札幌駅の構内の本屋などをふらふらして、苫小牧行の汽車に
乗り込んだ。

車窓から見る苫小牧までの原野の光景がとても気にいっている。

でも缶ビールを飲んだら、またも爆睡してしまい気がついたら苫小牧駅だ
った。

夕刻、フェリー埠頭行のバスに乗り込んだ。これでこの冬の北の大地とも
お別れだな。

n108


案内所で手続きを済ませ、船に乗り込んだ。

チケットは苦手な2等雑魚寝だったので、エントランスでキャンセル待ちを
かけB寝台に変更してもらう。

船内は、エライ混んでいたが、さっさと風呂を済ませ、ソファーで買い置き
してあった惣菜をツマミに赤ワインを飲んだ。

出航の銅鑼が高々と鳴り響く。

エンジンが異様なうなり声をあげてフェリーが動き出した。

苫小牧の街の灯が、少しずつ遠ざかっていく。

また、ひとつ旅が終わった。

さっ、びしいねえ〜(黒板五郎風)

でも旅には終わりがあるから輝くのだ。終わりがあるから次の旅路が始まる。

やはり筆者は北の大地の旅が一番好きだ。

それにしても余市の赤ワインは美味しい。

ニセコの宿に泊まって以来、すっかり赤ワインにハマっているゴロウさんだ。

もしかしたら筆者の赤い血は、赤ワインでできているような気がした。

だったらさあ、青いワイン飲んだらどうなるの?


アー、オイチ!


                    FIN


札幌その2

n102


さて、こく一番で充分に腹を満たした、いや超満腹になった筆者は今宵の
宿に向かう。

これだけ食べたのだから、歩いて体の脂を抜こうとも思ったのだが、ぞん
がい歩き疲れてもいた。足が棒のようだ。

ここは無理せず、市電で中島公園までいこう。

なんだか少し前の筆者のように多少の無理なら強引に克服してしまおうと
いう覇気というか活力がとみに減退してきた気がする今日この頃です。

というわけで市電の中島公園停留所で降り、園内をゆっくりと散策する。

”豊平館”というハイカラな建物があったが、改装中だった。

なんでも1980年に高級西洋ホテルとして開拓使が建造したそうだ。

戦後は、進駐軍に接収されるなどしたが、現在は市営の結婚式場として
利用されている。国の重要文化財に指定されているらしい。

n103


中島公園も冬に札幌を訪れると必ずやってくるポイントだ。あまり人が歩い
ていない。閑散としているが、凛とした白い光景である。

少し早いが今宵の宿に到着する。チェックインを済ませ9階の部屋に入る。

このホテルはいつ来てもくつろげる。なにせ部屋が広い。

ゆっくりとシャワーを浴びて、ベットで横になると眠りに落ちてしまう。

外が暗くなった頃に目覚めた。

n104


夕食を食べにいこう。ここからススキノは遠くない。目標は生のラム肉を
食べることだ。

しかし、ススキノ近辺の路面は車のタイヤでカチンカチンに踏み固められて
いた。信号待ちでいったん停車するとスリップして発進できなくなる車も多く
見かける。

シバレルねえ・・・

なんて呟いているうちにススキノの”だるま6.4店”に到着。

昭和29年創業、ススキノ名物といわれるジンギスカンの店だ。

秘伝のタレと新鮮な生ラム、従業員のオバサンの丁寧な接客は申し分なし。

普通は、すんなり座れないほどの人気らしいのだが、奇跡的にすぐに案内
された。

しかし、ジンギスカン鍋で食べる野菜、生ラムの旨さといったら素晴らしい。

ジンギ独特の臭味というかクセがまったくない。なんとも表現したらよいの
だろう?

タレとお肉の絶妙なコラボレーションというやつか。とりあえず、もう1人前
追加してしまった。

今宵も「感動した」でござるよ。

ハイボールと生ラムに酔いしれたゴロウさんは、ふらふらとホテルに戻り、
ほとんどバタンキューで爆睡したようです。

美味しすぎるしょ!だるま!

なんか寝ぼけて叫んだみたい?

札幌その1

n98


小樽から汽車で札幌入りする。札幌駅って新しくて近代的で都会的だと思う。

でもぼくは古くても昔の旅人が集う札幌駅が懐かしい。

同様に函館駅も稚内駅も以前の建物の方が好きでたまらないんです。

できれば東京駅みたいに外観ぐらいは保存してほしかったと、つとに思う。

さて、超近代的な札幌駅でいつものように右往左往しながら地下鉄に乗り、
大通駅で降りた。

ここから、市電に乗った。いやあ、これだけ札幌に来ても市電に乗るのは
初めてでした。少し緊張したし、えらい混んでいる。でも料金が安い。

n99


降りたのは、ロープウエイ入口だ。目的はコクのあるスープが売りものの
”こく一番ラーメンみどりや”を訪問することだ。

ここは隣が肉屋さん、いや肉屋さんを兼ねている?その利を活かしてコクの
あるスープを提供している。長時間煮込んだスープは、通常のラーメンの
7倍の栄養があるそうだ。

n100


ここで怪談”恐怖のラーメン”のお話。

きょう、麩(ふ)のラーメン?

すいません、ラーメンに麩(ふ)が入ってました。

なんと鋭いダジャレだ。

n101


チャーハンを頼んでもサービスでラーメンがついてくる。筆者はセットでハン
バーグを頼んだら隣の肉屋さんから本格的な(300g)の鉄板焼きが出てき
ました(サラダつき)。しかもノーマルラーメンなのにチャーシュー麺状態だし。

凄い脂ギッシュなボリュームだ。まさに痛風一直線。人気も半端じゃなく行列
40分でした。

それでも並ぶ価値あり。

実は1987年の初北海道ツーリングの際、参考にした雑誌に掲載されていた
お店です。すでに若手のイケメンのオーナーに代替わりしていたが、コスパの
高い名店だった。

「感動した」

四半世紀ぶりに胸のつかえが降りました。

運河の街その2

n89


ラーメン初代を出るとまた吹雪いてきた。意外と南小樽から小樽駅前付近
までは距離がある。

しばれるねえ〜

ひたすら呟きながら凍った道を歩いた。

観光のメインストリートもなんだか、閑散としている。いつもは賑やかな台湾の
皆さんの話声で溢れていたのだが。

n90


手宮線跡地。

1880年〜1985年まで汽車が走っていたそうだが、輸送量の減少で廃止さ
れたようだ。小樽にも幾度となく訪れたが知らなかった。

今宵の宿は、小樽グリーンホテルに予約を入れてあるのだが、あまりの寒さに
アーケード街の純喫茶でコーヒーを飲む。

n91


こういうかたちの喫茶店が、小樽には残っている。純喫茶という言葉自体が死語
の世界だ。ぼくが高校の頃は、福島の田舎町でも普通にあった。

n92


ようやく小樽グリーンホテルに辿きチェックインする。結構、くたくたになるも寿司を
食べにまたも街へ出た。

小樽といえばお寿司でしょう。かねてよりターゲットにしていた低料金のお寿司屋
さん”みよ福”へ入った。

メニューは特1900円、上1600円、生1300円と驚異のコストパフォーマンスであ
る。ただ地元密着型のこじんまりとしたお寿司屋さんなので、長居してお酒を飲む
という雰囲気ではない。小腹を減らした時にさらっと食べて早めに辞すのが粋なのか
なという感じの店だと思う。

n93


1900円の特上といえども、ウニ・イクラ・大トロ・生海老・アワビなどのレギュラー
陣は健在である。

その後、ホテルに戻り、静かに東野圭吾の小説を読みふけりながら早めに寝て
しまう。

ところが・・・

深夜2時ごろにヨッパで戻ってきた連中が、近くの部屋で大騒ぎを始めて、目覚め
てしまった。こんな時間に筆者が起きるのだから、よほどの騒ぎだったのだろう。

翌朝、なんだか寝不足でベットから這い出した。この宿は安くてよいのだが、ちょっと
次は他のホテルにしようと思うなり。

1階の寿司屋で、和定食の朝食をしっかり食べてから宿をチェックアウトした。

n95


あっ、そうそう、夕べは早くにベットに入ったので夜の運河を見れなかった。

午前の運河でも観ておこう。

ぼくの風体から察するものがあったのか、人力車夫の方からは声をかけてもらえま
せんでした。

n96


もう何度来たか覚えてないけど、運河の絵柄ってマロンチックでいい。

まさに男のマロン!

n97


気温はそんなに低いわけではない。これを書いている現在の福島の方が寒いかも
しれません。昨日の朝は、拙宅近くの電光掲示板で氷点下8度を記録しました。

というわけで、小樽を満喫し、これから札幌へと汽車で向かう。

いよいよ、この旅も佳境へと入ってまいりました。

運河の街その1

n94


朝食時、村長さんの怪談が始まった。

恐怖の味噌汁

ちょうど、その味噌汁を食べているときである・・・

きょう、麩(ふ)の味噌汁

だそうです(^_^メ)

そうきたか。こいつは朝から一本とられましたな。

こんなに楽しいダジャレも当分聴けなくなると思うと寂しいが、本日は筆者も出発
しないといけない。

「ゴロウさん、また3月あたりにもきてね」

と、村長さんはハコさんと南白老岳トレッキングへと出発していった。

どうも大変お世話になりました。

しかし、3月はぼくの稼業の書き入れ時で、休みを捻出するのが厳しい。

少し昔なら、楽勝で休め海外とかいけたんだけど、こう景気が悪くて余裕がない
時代だとなかなか。

ユミさんにニセコ駅まで送っていただく。福島の雪はどうなんですかと聞かれたが、
奥会津なら豪雪だけど、福島市内は融けたり降ったりですと答えた。

ただ、今シーズンの福島の雪はかなり多い。また、北海道みたいに細部まで
除雪がいきわたらないので、車の運転が危険だったりした。

n85


ユミさんにお世話になった旨の礼を述べ、ニセコ駅に入った。

ぞんがい駅は部活動へ向かう高校生で混んでいるなあなんて思っているうちに
汽車がやってきた。

n86


ずいぶん雪をかぶった汽車だ。そういえば村長さんが、ニセコの雪も例年の倍
だといっていた。

なんとか座席に座れた。向かいのおとうさんは美味しそうに缶ビールを飲んで
いた。

そうか、運転じゃないんだからぼくもビールぐらい買えばよかった。けど時既に遅し。

ガタンゴトンと3両編成の列車に揺られているうちに爆睡。冬旅をするようになっ
てからいつでもどこでも簡単に寝られる習性がついてしまった。

n87


いったん小樽で乗りついで南小樽駅で降りた。目的は、ここ十数年越しで、
一度は食べてみたいと熱望していたラーメン店を訪ねることだ。

小樽一美味しいと呼び声の高い”初代”である。マップでは調べつくしている
のでばっちり頭に入っていた。そして迷わず10分ほどで到着した。

行列覚悟だったが、思ったより混んでない。

n88


オーダーしたのは醤油チャーシュー麺だ。暫し待つと飴色のスープの
ラーメンが運ばれてきた。

一口スープを頬張ると重厚な味がする。鳥がらと魚介のダシの絶妙なハー
モニーである。

またラードが表面に浮いていて最後まで熱々だった。北海道のラーメンなら、
このぐらい脂ギッシュじゃないと筆者は認めない。

美味い!

小樽一の看板は伊達じゃない!

またひとつ北の大地での胸のつかえがおりたぜい。

すっかり満足して店を出た。

そして、運河に向かってゴロウさんは叫んでいた。

「オタル、いつでも富良野に帰ってこい!」

ニセコヒラフ

ni01


「今日はどうする?」

「スキーにします」

アラキさんはためらわずに答えた。

「ゴロウさんは?」

『ぼくも今回滑れるチャンスは今日が最後なのでスキーにします』

というわけで、なんだか天気が荒れ模様だが、ニセコヒラフで滑ることにした。

ニセコヒラフか。学生時代以来、四半世紀ぶりだ。ただ寒かったという記憶しか
ございませんが。

タナカさん、アラキさん、ゴロウさんは、村長さんにヒラフスキー場の入口まで送っ
ていただく。

しかし、シバレルねえー、異様な寒さだった。風も強いから体感温度は氷点下
30℃ぐらいじゃなかろうか?

リフトの隣には小学生ぐらいの子供が2人ほど座り、ぼくに笑顔で話しかけてきた。

「日本人ですか?」

確かにゴーグルやネックガードで顔はあまり見えないが、ぼくは典型的な日本人顔
だと思うのだが?

『そうだよ』

と、答えると、

「ぼくは日本人じゃないけど、日本語しか話せないないんです」

『?????』

つまり、ハーフでニセコ在住なのか?

イマイチ、意味が理解できなかったのだが、それなりに会話が弾んだ。

それでも延々とリフトで登っていき、レストハウス”エースヒル”まで辿りつく。

n81


こりゃだめだ。強風とガスで完全にホワイトアウトしていた。

慌ててレストハウスに飛び込むとスキー教室のチルドレンも大量に避難していた。

いつまで経っても天候が回復しないので、強引に滑る・・・滑る・・・

そして転がった。オージー(オーストラリア人)が乗るボードにも激突され、吹っ飛ん
だりと波瀾の展開が続いた。

n82


流石に腹がすいたので、ホテルニセコアルペンのレストランで昼食をとることに
した。

ここのステーキランチはボリュームがあり、良心的な値段だった。確か1300円で
200グラムのお肉が出てきた。ご飯の盛りもかなりよかった。

「ゴロウさん」

『こりゃどうも』

アンビに泊まっていたファミリーの皆さんとも偶然ながら再会したりもする。

n83


嬉しいことに、ここのホテルにはミルク工房の直営店があり、ソフトクリームを存分に
堪能する。

いや本当にミルク工房のソフトって、味が濃くて絶品なんですよ。マイウ!

もう午後からは滑りたくない。ソファーでゴロゴロしていたいと本気で思ったりしたの
だが、リフト1日券がもったいないので強引に14時まで滑りまくる。しばれるねえ。

n84


村長さんに無事回収してもらい、14時半前にはアンビに戻った。

一応、スキーをしてきたんだぞという証拠画像をアラキさんに撮影してもらう。

これから帰宅されるタナカさんを見送る。そして今宵はハコさんという方がいらっ
しゃった。やはり熟練のスキーヤーっぽいオーラが出ている。

今夜の温泉は、ニセコ昆布温泉鯉川温泉旅館という秘湯に浸かる。

創業明治30年、100年以上の歴史をもつというから凄い。

確かに古い温泉旅館だけど、味わい深い内湯が素晴らしい。個人的に大好きな
ひなびた雰囲気が濃厚に漂っていた。もちろん露天風呂もあるぜよ。

泉質は炭酸水素塩水で、とても効能が高いそうだ。

「感動した」、ニセコには、こういう情緒あふれる秘湯が残っているんだ。

夏にも来たいと激しく思うなり。

ワインの宴会は、昔の北海道の旅の赤裸々な話題で盛り上がった。

ずいぶんと無茶したけど、若かったからできたこともあるかもしれない。

でも年配になって、こういう旅ができるのもあの頃に土台を築いていたおかげかなと
ふと思ったりもした。

ハコさんは口数は少ないが、ぼくらのエロイ話を聞きながら穏やか
に微笑んでいる温厚な人物であった。

明日には、ぼくも宿をでる予定だ。寂しい気もするが、そろそろ単独行動で、
しておきたいことがある(食べ物のことなんですけど)

というわけで、布団に入ればあっという間に意識が消えた。

ナイアガラの滝

この日は、大阪のマエダさん、同じくクボヤマさんも帰宅されるそうだ。

先日、大部屋でごろごろしながらマエダさんと話をした際、子供の頃に2年
ぐらいは札幌に居たとうかがった。

親さんの転勤の都合で転校が多かったみたい。北海道も子供の頃から
あちこちまわり、現在はほとんど旅し尽くしたらしい。

「ウトロから船で知床岬をまわり羅臼にいった記憶があるんですよ」

『それは、知床横断道路ができる前の時代のことですよ』

など旅の話が尽きなかった。彼は午前中までスキーをしてから千歳に向かう
そうだ。1週間の長きに渡り、同じ大部屋でお世話になりました。

クボヤマさんも朝のうちにでかけるそうなので見送りをする。気さくな人柄で
ここ数日行動を共にし、すっかりお世話になった。また会いましょう。

さすがにこの時期になると次々と旅立たれる方が出てくる。

さっ、びしぃねー(田中邦衛風)

n67


さて、本日のツアーはナイアガラの滝だ。北米のではございません(当然なが
ら)。メンバーは、ガイド村長さん、くっしーさん、大阪のアラキさん、ゴロウさん
でした。しかし、大阪の方が本当に多い。

まずまずの天侯のなか、伊達市大滝区の長流川中流域にある総合運動公園
へ向かった。このあたりも夏はずいぶんオートバイで走っているはずなんだが、
まったく違う白い世界だった。

運動公園の駐車場でスノーシューに履き替える。本当にこのスノーシューって
軽くて扱いやすい。職場にあるスノーシューは重くて扱いづらかったので、実用
にいたらなかった経緯もあった。

n69


くっしーさんだけは、短めのスキー板を使用していた。これで充分らしい。

ルートはクロスカントリーのコースになっているので、スノーシューで荒らさない
ように川沿いの新雪の中を歩いた。

すると・・・

n70


突如、川の地盤沈下でできたというナイヤガラの滝が見えてくる。

n71


残念ながらというか、当然のことながらナイヤガラの滝はほぼ全面結氷であった。

n72


空の一部に青い色がのぞき、滝の下の部分は、青い流れが見える。

n73


セイコマで購入した弁当で昼食を食べ終え、帰路につく。ここは秋に来たら凄い
紅葉の光景になると思った。

n74


帰りがけに三階の滝に立ち寄る。その名の通り、三階なのだが、ほぼ凍っていた。

n75


下の方の凍ってない部分の水は、青色に見え神秘的な感じがする。

n76


すぐ近くに「全国に類なき甘露法水」とある。少し、飲んでみたら冷たい・・・のは
確かであった。

宿に戻ると、今度はくっしーさんが帰宅されるとのこと。

『純、いつでも富良野に帰ってこい・・・』

「ゴロウさん、富良野じゃなくニセコよ」

ユミさんからたしなめられる。

とにかくまた夏に会いましょう。お世話になりました。

n78


↑羊蹄山が笠をかぶった図

その後、大阪のボーダー・アラキさんと話し込んだ。

彼は以前、仕事の都合で宮城県岩沼市に住んでいたことがあるそうだ。

『あのあたりも震災の被害がかなり酷かったですね』

「そうです。かつて暮らした町が津波に呑まれていく映像をみて、号泣して
 しまいました」

情に厚い男なんだねえ。

「ゴロウさんは、沖縄にはいかないんですか?」

『いや、俺はもう北海道だけで充分だよ』

彼は夏の北海道ツーリングの経験もあり、沖縄もずいぶん旅しているそうだ。

「北海道の旅が好きな人なら必ず沖縄も好きになりますよ」

実は過去に3度ぐらい沖縄を旅する企画があった。けど、そのたんびになにか
不慮のアクシデントが発生して中止になった経緯がある。

縁がなかったのかもしれない。

まあ、そんな感じで旅についてもアラキさんと熱く語り合った。

こういう会話ができるのは、お互いが場数を踏んだ旅人でない限り難しいと思わ
れる。

n79


夕食は親子三人でいらしているご家族と雪の神と称されるスキーのプロ・
タナカさん、そしてアラキさんたちと楽しく済ませた。

久々に食べたユミさん特製の爆弾コロッケが実に美味しかった。とても懐かしい
味である。夏以来、ぼくの大好物になっていた。

n80


今宵の温泉は、お馴染みのニセコ駅前の綺羅乃湯だ。

じっくりと湯に浸かり、今日一日の疲れを癒した。

アンビに戻り、宴会で適量のワインに舌鼓をうち、早めに就寝する。

なんだか健康になってしまったみたい?

アムールの如し

n54


尻別川の源流は伊達市のフレ岳らしい。そして羊蹄山を周り込み、寿都で
日本海に流れ込む。真冬の尻別川の河口はあたかもアムール川の如しで
あった。

本日は、日本海方面に宿のツアーがあるので、そっちに参加することにした。

スキーを極端に愛好しているわけではない。ぼくは冬の北海道を堪能したい
だけなのだ。

というわけで、9時15分ぐらいにアンビ出発。メンバーは、ガイド村長さん、
クッシーさん、クボヤマさん、トモミさん、スエキチさん、ゴロウさんでした。

n52


一応、雪はあがっていたけど風と冷え込みがかなりきつかった。多分、氷点下
10℃以下。体感気温はそれ以下だと思う。しばれるねえ。

ずっと尻別川沿いの道を河口に向かっていくと川はどんどん凍ってきた。

n53


河口手前ではほぼ全面結氷となる。止めたほうがいい、いややっちゃだめだが
歩いても渡れたと思う。

n55


海岸沿いの永澤商店に入る。今日は巨大アンコウはない。小さめだが格安の
アンコウが店先に並んでいた。

こんなに大荒れの真冬の海で漁がおこなわれているのも凄い。しかも正月の
北海道なのにねえ。

n56


オジサンは一生懸命、柳の舞やソイを刺身にさばいておられた。なぜかお土産に
おでんのネタまで頂戴したりする。

トモミさんやスエキチさんは、ここでお土産を購入して宅配の手配をしていた。

地元密着の魚屋さんなので、本当にコスパが素晴らしいお店だと思う。

n57


永澤商店を辞し、景勝地”弁慶の刀掛岩”に到着。ここに本当に弁慶が太刀を置い
たのなら、彼はマジンガーZクラスの巨体だろうという話題になった。

それにしてもシバレル。

n58


昔の東映の映画の冒頭のような怒涛の海だった。

「ゴロウさんは、景色よりも景色を撮っている人を写しますね」

スエキチくんから指摘されたが、まさにその通りです。景色よりも人の表情の方を
撮る方がぼくは好きです。特に絵心があるわけではございませんが。

n59


画像ではうまく写らなかったが、凍った滝だ。なんでもスノーシューで真下ぐらいまで
いけるらしい。それにしてもシバレルのだ。

n60


尻別川河口の蓮状の氷。原理的にアムール川から道東にやってくる流氷と同じ
ものだと思う。この氷が河口から流れ出せば日本海側の東北ぐらいまでは流氷が
見れるかもしれぬ?

n61


この後、岩内方面へホッキ飯を食べにいく予定だったのだが、あまりの悪天候の
ため、アンビに引き返し昼食とることになった。

ここから函館方面に向かう、スエキチさんとは蘭越駅前でお別れだ。お世話になり
ました。また会いましょう。


画像は、お魚のアラがたくさん入ったおでん。ダシが濃厚で非常に美味だった。

n63


n64


ご飯を投入して、オジヤにしたりと、ほっぺが落ちそうなぐらい旨すぎる。

n62


ソイと柳の舞の刺身だ。どちらも北海の珍味だが新鮮じゃないと生では味わえない。

もうひとつ、カスベの肝(手前のお皿)も軽く汁で湯通しして食べると絶品だった。

昼食後、トモミさんも千歳からの便で、お帰りになるそうだ。おかあさんによろしく
お伝えください。お世話になりました。

n65


n66


夕食後の飲み会も刺身や焼き魚のオンパレードである。なんだか夏来た時よりも
ゴージャスな料理が続く。正月だからそういうものなのかもしれない?

ぼくの下腹は、かなり膨れてきている。もう、どっぷりと中年なんだから、一度こう
なるとなかなか元にもどらない。

でも、ミルク工房のソフトクリームも食べたい(自暴自棄?)

そうそう、夕食後のお風呂は、くっしーさん、クボヤマさん、ゴロウさんで、久々に
ヒルトンの温泉に浸かる。そして3人同時に湯めぐりパスポート(3回分の共通入
浴券)を購入していた。

今宵もワインでほどよくヨッパになり、23時には爆睡した。



ランチビュッフェ

n46


なんだか起床する時間が固定されてきている。7時45分ぐらいだ。朝が早い
のが普通な筆者だが、若かりし頃の学生時代に戻ったようだ。

学生時代か?昭和の時代、四半世紀以上も前の話だ。

そんな大昔なのについ最近だと思えてしまうのは、やはり老化現象の証拠
らしい。

四半世紀前がつい最近のはずはない。

それにしても今朝の天気の荒れ模様も凄まじい。とてもスキーをやっている
場合ではないと思い、宿に留まることにした。

宿主催のツアーもあまりの荒天のため、午後からなら決行するかもしれない
ということだ。

それでもマエダさんたちは、スキー場に立ち向かっていった。男だねえ!

ぼくはとりあえずゴロゴロしていようと、朝食後二度寝してしまった。

あっ、そうそう昨日より愛知県よりいらしたというスエキチさんが大部屋に加わ
った。なんでもJRで道内入りし、根室や網走まで旅してこられたそうだ。

特にスキーなどウインタースポーツはされないようだが、充実した鉄道の旅を
楽しんでおられた。

ぼくもJRで冬の道東を旅した経験があるので、なんだか共感する。

というわけで、昼食はミルク工房のランチビュッフェでとることにした。

一度、ビュッフェにいってみたかったんだよねえ。

n47


くっしーさんによると夏みたいに高橋牧場の牧草地をシュートカットするのは
不可能らしい。どうしてもいくならスノーシューの装備が不可欠とのこと。

少し遠回りだけど、アスファルトの道路を歩く。それでも雪や凍結で危険なルート
である。

ビュッフェツアー参加者は、クボヤマさん、くっしーさん、スエキチさん、ゴロウさん
でした。

1キロぐらいなんだけど、早足で15分で到着してしまう。やや開店時間まで待ち、
すぐに入店したのだが、あっという間に混雑する人気店だ。

n48


野菜料理、サラダ、デザートはバイキングである。メインディッシュは選択制だ。

料金は1500円である。格安だと思う。

メインディシュは、肉食系のぼくはステーキ、他の皆さんは海老グラタンをセレクト
しました。

n49


とても美味しい。飲み物はオレンジ・リンゴジュース、飲むヨーグルトなどいくらでも
どうぞと太っ腹だ。ここの飲むヨーグルトって、普通に買ったら結構な値段でしょう。

もう、腹パンパンでアイスクリームは絶対無理でした。

n50


帰路も風雪の道のりをわっせわっせと行軍してアンビに辿りつく。

あまりの悪天候ため、午後に予定されていた宿主催のトレッキングツアーは中止
になる。

その後、くっしーさんはアンビ近郊にあるらしい源泉を求めて旅立っていった。

はずが・・・

n51


なぜか宿裏側の窓の外に立っていたりした。

そして、その後は誰もが読書に熱中する。

内容は漫画だったりした。

確か今宵の温泉はニセコ駅前の綺羅之湯だった。とにかく生ビールが美味かった。

「ゴロウさん、ミルク工房のランチビュッフェはどうでした?」

風呂から戻るとマエダさんから訊ねられた。

『いや、3日分の野菜を補給しましたよ』

と答えると彼は笑っておられた。

21時ぐらいから軽く宴会。深夜にやってくるお客さんの迎えがあるらしく、
村長さんはアルコールを自粛していた。

他の皆様は、それなりにワインを飲み会話を楽しんでいた。

それでもいつもよりはいくらか早めにオヒラキとなる。

でも就寝したのは、23時ぐらいだったかな?

まあ、とりあえず布団に入ればすぐに爆睡できたのは確かだ。


穢れなき湿原

n37


朝7時40分、布団の中でぼくはイモムシのようにごろごろとしていた。

外から機械の音がした。早朝から村長さんは除雪作業をしており大変そう
だった。なんだかすっかり寝坊してしまった自分は申しわけない。

昨夜は一応、家人にメールを打っておいたのだが、返信はない。連絡しな
いと怒る人なんだけど、家人もあまり連絡をよこさないのだ。

けさの朝食もおかわりしてがっつりといただいた。

n34


さて、本日はスキーではなく、宿主催のスノーシューツアーに参加すること
にした。

実は昨日も洞爺湖方面にトレッキングに出たいたそうだ。スキーより、そっち
の方に交じりたかった。

この冬、ニセコに滞在している理由のひとつは、厳冬期の安達太良山の
頂上をスノーシューで踏破するイベントに参加しなければならないという
命題があったからだ。とにかく冬山に馴染んでおきたい。

もちろんスノーシューの経験もまったくないが、よい訓練だ。

n36


アンヌプリの眺望が素晴らしい。

セイコマで昼食の買い出しをしていると、みるみると天候がよくなり、快晴と
なった。本当はナイアガラの滝方面?を目指す予定が、この時期としては
珍しく(まだ雪が深いので)アンヌプリトレッキングに予定変更となる。

n38


ガイド・村長さん、参加者・くっしーさん、クボヤマさん、トモミさん、ゴロウさん。

クボヤマさんは、フルマラソンをされるなど不死身の体力をお持ちなので、
時折村長と先頭を交代するなどパワー満点だ。くっしーさんやトモミさんも
スノートレッキングのベテランである。

超初心者のゴロウさんは、なんだか要領が掴めず終始遅れ気味だった。

でもこのスノーシュー、軽くてかなり使い勝手がよい。お値段も手ごろだし。

道内では普通にホーマックで販売しているそうだ。

これは買いだと思った。これで冬季の安達太良アタックをしよう。

というわけで、これを書いている現在、既に入手してございます。

n39


アンヌプリ頂上のゲートが好天で解放になったようだ。頂上へスキーを担いで
いく人の姿が黒い列になって見えた。

n41


本当に人の気配がない湿原。村長さんが”穢れなき湿原”と名づける。

動物の足跡さえ、中央部を避けていた。

遠くに見える雪山は、筆者が夏に登ったイワオヌプリだ。美しい。

n40


湿原の片隅で、雪上BBQが始まる。天気はいいし、ジンギスカンの味も
素晴らしい。

時折、頂上からスキーやボード滑ってくる人たちの歓声が聴こえてくる。

「ビールあるぞう!お肉あるぞう!」

こちらも負けじとトモミさんが叫びかえしておられた。

ここで、村長の怪談話が・・・

青い血の話・・・

いやあ、ジンギスカンが・・・

アー、オイチ!

だ、そうです。

そ、そうきたか。一本とられましたな。

n42


ジンギスカン鍋におにぎりを乗せると旨味が沁みるし、温まるので美味しくなる。

食後は、傾斜のきつい登りをがんがん進む。すると美しい樹氷が見えた。

蔵王でみる樹氷とは違う気がする。

とにかくさらさら雪のニセコでは、とても珍しい光景だそうだ。

神秘的、幻想的な絵柄にひたすらデジカメのシャッターを切る。

n43


登りきると広大な白い大平原になっていた。野球ができそうなぐらい。

n44


時折、この地点にスキーやボードで頂上から降りてくる人がいるのだが、
明らかにルートミスだと思う。もう少し、手前の花園スキー場方面に降りない
とまずいでしょう。大丈夫なのだろうか?

我々が歩いているポイントだって、村長さんのスマホのMAPで現在地を
確認しながら行動していた。

結構な道のりも徒渉を済ませると出発地点へ戻った。ただ、道路脇の吹き
だまりの中の空洞に筆者は落ちた。そして暫くもがいていたところを皆に
しっかりと見られていたりした。

そして無事任務完了。

本日の温泉は蘭越駅前の幽泉閣で、いい汗を流す。

n45


今宵のユミさんの手料理もとても美味しかった。またもご飯おかわり。

新規のお客さんで、英国の若者4人がやってきたが、クボヤマさんが流暢な
英語で通訳していた。素晴らしい。

23時ぐらいまで、会費300円のワインの宴会で心地よく酔い、爆睡する。

外はまたしても暴風雪で荒れ狂っていた。

元旦

n27


7時半ぐらいに目覚めた。外は相変わらず猛吹雪である。おそらくゴンドラは
停まり、リフトも上の方は動いてないだろう。

でも宿のツアーも特にないようなので、本日もビレッジで修行?いたそう。

朝食をがんがんいただき、ビレッジスキー場まで送ってもらった。一緒に乗り
合わせた皆さんはヘルメット着用の猛者ぞろいでなんだか迫力があった。

n28


さて、ダメ野郎のゴロウさんは、バンザイチェア付近でトナカイを発見し、大喜び
で撮影しまくっていた。どんだけ動物が好きなんだ。情けないなあ。

「とうさん、情けない」

『とうさんのどこが情けないっていうんだ!』

(北の国から’87初恋より)

n29


まあ、それでも意を決し、リフトを乗り継ぎながら高度を上げていく。しかし、この
寒さ、暴風雪、とてもじゃないがスキーをやっている場合じゃない。

n30


そしてコケまくり、転がりまくりしながら本日ものたうちまわった。本当にスキーが
ヘタクソになったものよのう。我ながら情けない。そして動きを止めると凍るような
寒さが襲ってきた。試練だ。

お昼は、ヒガゴン近くのスキーセンターでマエダさんと昼食をとることになっていた。

満身創痍でスキーセンターに辿りつくとマエダさんは既にカップメンを食べていると
ころだった。室内がラーメンの香ばしい匂いに溢れている。

ぼくもザックからカレーパンを取り出すと、ぺちゃんこに潰れ、中からカレールーが
噴き出していた。つまり転倒のダメージが直撃したらしい。しかもカレーが凍ってい
た。

潰れたパンとコーヒー牛乳を流し込み、午後の部へと向かう。

何度かマエダさんとリフトで上がり降りてきた。

「ゴロウさん、体が後傾過ぎなんですよ。それではコントロールが難しいし、なにせ
 疲れます。もっと思い切り前のめりにしないといけません」

実はマエダさんもスキー1級の資格を持つ熟練だ。非常に適切なアドバイスを頂戴
した。しかし、ロートルなゴロウさんは頭でわかっても体がいうことを効かないという
悲しい現実にさいなまれる。

まあ、午後もこんな感じで、荒天のビレッジスキー場でのたうちまわっていたゴロウ
さんでした。

宿に戻り、この日の温泉へと向かう。場所は蘭越駅前”幽泉閣”だ。ここは初めて
なのだが美人の湯といわれるほど効能が高いそうだ。冬だと利用頻度が高いみた
い。そして湯上りのビールがうまいねえ。

今宵の夕食のチキンソテイも実に美味しく、またもおかわりをした。日中、スキーで
運動しているのに食欲とお酒で、なんだか太ってきた気がする。

n31


大部屋も次第に埋まってきました。大阪からクボヤマさんがこられた。後に判明す
るのだが、語学堪能で体力抜群のオールマイティな方である。気さくな人柄だし。

n32


宴会のおかずにカマ(マグロだったかな?)登場。凄い迫力だ。

n33


南相馬に住んでいた頃、近所の寿司屋さんでよくカマをもらえたので、捌き方は
心得ている。とりあえず割ればいい。

するとゼラチンたっぷりの実がこんなに・・・

おっ、いっ、しい・・・ねえ(田中邦衛風)

今宵の宴もほどほどの時間まで盛り上がり就寝。

布団に入るとドロのように瞬時に爆睡してしまう。

大晦日の夜

n23


今夜の温泉も駅前の綺羅之湯に向かう。もの凄い雪だ。車の中で、
お昼のインスタントラーメン1680円の話をするとマエダさんが、
アンヌプリやヒラフのレストハウスだと比較的安く食べれると教えて
くれた。

またヒガゴン(旧東山ゴンドラ)付近にスキーセンターという建物が
あり、ポットでお湯の準備がしてある。マエダさんは、そこでカップ麺を
食べて昼食を節約していたそうだ。

温泉で今年最後の汗を流して缶ビールを飲んだ。いやあ、こたえられ
ない美味さである。

帰りはコンビニで買出しをする。明日のお昼はぼくも持参していこう。
カレーパンなどを購入した。マエダさんはカップラーメンを仕入れてい
る。

夕食まで大部屋でゴロゴロしながらマエダさんと世間話をしていると、

「どうもお久しぶりです」

『純、富良野に帰ってきたのかい。うっれっしいねえ』

思わず黒板五郎に変身してしまった。

1階からは爆笑の声があがった。

つまり、夏に登山ツアーなどで、勇名を馳せたエロ四強のひとり、
くっしーさんがやってきたのだ。

村長さんは、ぼくが来ていることをサプライズにしようとしていたそうだ。

でもユミさんがゴロウさんも来ているよと電話で教えてくれたので、バレ
バレでしたよと彼は笑っていた。

「ゴロウさん、北の国からの物真似、やってくださいよ」

策士のくっしーさんは、ぼくの耳元で呟き、物真似をさせ、周囲が爆笑
するのを確認してから、ニヤリ(オレの描いたシナリオ通りになったぜ)
とするタイプだった?

フフフ、役者がニセコに揃ってきたようだぜ。

夏に積丹ツアーでお世話になったイトウさんの娘さん(トモミさん)も
アンビ入りしさらに盛り上がる。

ユミさんの作った夕食のハンバーグは実に美味しかった。ぼくは普段、
少食なのだが彼女の家庭料理がお気に入りで必ずおかわりしてしまう。

そして、レコ大、紅白を観ながらワインの宴会。常連さんのひとりで大変
なワイン好きの方がおられた。彼は大量の高級ワインを持参された
ようでガンガンご馳走になってヨッパになる。

やがて黒板五郎や北野広大、JINに登場する龍馬などが次々に現れる。

この年最後の物真似を思う存分に済ませ、ああ、すっきりしましたぞ!

n24


手作りピザ。こんがりと仕上がった本格的な味で本当に美味しかった。

n25


チーズやハムの燻製、じゃがバター。どれも村長さんの手作りだ。

そして、ワインのつまみにぴったりである。

n26


Tくんにワインを注ぐとがんがん飲んでいた。いやあ、若いのにずいぶん
酒が強いのねえと感心していると、飲み過ぎよと彼はお母さん(ユミさん)
から叱られてしまう。

大部屋の布団に入ったのは、多分、1時過ぎだったと思う。ベロンベロン
にヨッパになったのでよく覚えておらぬが。

マエダさんも珍しく酔って、少し早めに就寝したようだ。


ニセコビレッジ

n22


大晦日の朝がやってきた。もの凄い吹雪でゴンドラは動かないみたい。

それでもリフトが始動すれば、スキーに行こう。とにかく久々のスキーなので、あの
広大なニセコユナイテッド全山共通券じゃなくてもよろしい。

とりあえず、4つのスキー場のうちのひとつ、ニセコビレッジ(旧東山スキー場)の
フリーパスをアンビで二千五百円で購入した。破格だと思う。

ワゴンで、ヒルトンホテルまで送ってもらった。この時期、アンビに滞在しておられる
お客さんは常連なのは当然だが、スキー・スノボの名手揃いだ。ヘルメットを標準
装備しておられる方も多い。

なんだか緊張するが、もう後戻りはできない。

ビレッジ到着。暴風雪で下の方のリフトしか動いてないそうだ。とにかくリフトに
乗って初心者コースを二回ぐらい足慣らしして、さらに上に向かった。

風が強くて、視界がゼロで、なにより氷点下10℃以下でシバレル。

全然楽しくないぞと思いながら、幾度となく転倒を繰り返す。もう、我武者羅に滑って
いたゲレンデの特急野郎も見る影もなくビクビクとターンする弱い動物のようだ。

それにこの運動量の凄さは、たいへんなエネルギーを要した。

ここらで、よい加減にランチにしようとヒルトンホテルに戻った。

もう、体は完全に凍っている。コチコチな動きで階段を昇った。

ホテル2階の某レストランで昼食をとろうとすると、滅茶苦茶混んでいた。

すると、とてもスキーに来ているとは思われない服装の優雅なレディがカクテルを
傾けている席がござった。

ウイスキーがお好きでしょう♪

まったく下心などございませぬが、

『申しわけございませんが、相席をしてもよろしいですか?』

と問いかけると、どうぞとコワク的な微笑みを見せるお若い婦人よりエレガントな
応答がありました。なんだかドキドキするなあ。ぞんがい彼女はフレンドリーだし。

n19


オーダーしたのは一番安かった味噌ラーメンなんですけど、完全にインスタントでした。

酷いぼったくりだった。これで、1680円はねえべさあ。おごれる平家久しからず。

一応、画像を撮影していると、

「よろしかったら、写真を撮りますか」

お嬢さんから申し出がござった。いや、サッポロ一番と記念写真を撮ってもいたし
かたないので丁重にお断りした次第である。

食後、お嬢に相席の御礼を述べ、風雪のスキー場へとふたたび立ち向かっていく。

だってフリーのチケットがもったいないもの。

その後ものたうちまわりながら、ヘタクソなスキーを繰り返す北のサムライであった。

そして、猛吹雪もピークに達していた午後の遅い時間、とあるリフト降り場で熱くて
甘いドラマが誕生する。

もう、豪雪で視界も定かではない。

「すいません、迷ってしまって、どこをどう降りてよいのかわからないのです。初心者
 ですし」

帽子やゴーグル・ネックガードで、イマイチ年齢がつかめなかったのですが、上品
そうなご婦人から声をかけられた。かなり怯えている様子である。

ニセコのスキー場って、たぶん日本一、いや世界一ぐらい広大なゲレンデだと思う。

実は筆者もこの超暴風雪で位置感覚がまったくつかめておらず、本当は非常に
不安だった。

『ようがんしょ。てえした野郎じゃございませんが、ご一緒にヒルトンまで降りましょう』

というわけで、迷子のご婦人と一緒に変な名前のコース(ミソシルとかザンギとか)を
恐る恐る下降していく。傾斜がきつくかなりリスキーで人気がない。おまけにホワイト
アウト。長いし。

n21


かなり時間をかけてようやくヒルトン前に辿りついた。

「ありがとうございました。本当にこのご恩は忘れません」

彼女の眼は少し涙ぐんでいた。

そして、感動的なラブに・・・

発展せず。

これ以上、なにもございません。

「よく、こんな悪天候で今まで滑っていたね、もう、みんな宿に戻っているよ」

と、宿のワゴンで迎えに来た村長さんがにこにこしながら呟いていた。

どうやら、宿にTELさえすれば迎えに来てもらえたらしい。またニセコのスキー場間
を循環するシャトルバスが常時走っており、必ずミルク工房で停車する。つまり
自力でアンビに戻る手段もあったのだ。

結局、約束の16時まできっちりと滑っていたのは、川崎のボーダーフジタ氏と
へっぽこスキーヤーのゴロウさんだけでした。

Profile
livedoor 天気
Recent Comments
記事検索
livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ